青い浴場

Blue あなたとわたしの本 199 

 

 

 その浴場はひろく、高い建物のなかにあるようだった。天井の照明は青っぽい。大勢の裸のひとがいる。男も女も、子どもも老人もいる。みな青いひかりに染まっているからどこかしら哀しげに見える。湯につかる裸の人間、低い椅子に腰かけ自らの身体をあらう人間というのは、なにかしらやるせない。
 街に面したがわは壁一面がガラス窓だった。空の大半は紫色だが、部分的に黄色が渦を巻くかたちで混じりこんでいる。夜明けのようにも見えるし、これから夜が深まるようにも見えた。紺色の山並みが街を取り囲んでいる。左のすみのあたりに、ドーム状の屋根を持った建物の影絵があった。モスクを連想させる。地表は闇に沈んでいる。だいだい色の明かりがぽつんぽつんと見える。山よりも高いビルのシルエットが右の遠方にあった。最上階ふきんの部屋が、うっすらと青い。
 視線を浴場に戻してみると、もう誰もいなかった。湯船のなかも無人だし、椅子に腰かけ身体をあらうひともいない。青い照明も消えていた。自分の手を顔のところへ持ってきてもその手も見えない。頬をさわろうとしても手がないのか顔がないのか空をつかんでしまう。うつむいてもあるべきところに胴体も見えない。水もなければ湯船もないようだった。浴場じたいがなかった。窓のそとの景色もいつのまにやら消えていた。一面の白い闇のなかをふらふらとただよっているような気持ちがした。やがてなにかあたたかくなつかしいものを身近に感じ、ゆっくりとどこかへのぼっていく感覚につつまれた。

 

 僕は高い建物のなかにある浴場から、遠くに見えていたビルの影絵が下から消えていくのを眺めていた。最初、すそのほうは闇にまぎれてよくわからなかったが、背景がいくらか明るい空のところまでくると、黒い砂がさらさらと落下してビルが崩れていくさまがよく見えた。さらさらさらさらと崩れつづけ、シルエットの面積が徐々に短くなっていく。いつも点っていた最上階ふきんの明かりもさっき消えた。さらさらさらさら黒い砂となってビルは崩れつづけ、影絵の面積が短くなり短くなり短く縮んでいき、まるで初めから建物などなかったかのように、ビルはすっかり消滅してしまった。夜空だけがそのあとに広く残った。
 だがよく見ると最上階があったあたりに、青っぽいひかりの玉がいくつも浮かんでいるのが認められた。それらは思い迷うようにしばらく右へ左へふらふらとさまよったのち、やがて心を決めたみたいに上昇を始め、天高くへと吸い込まれて消えてしまった。
 僕のいるこの建物も明日か明後日には崩れ去ってしまうのだろう。なぜだかそれがよくわかった。湯につかる裸の人間、低い椅子に腰かけ自らの身体をあらう人間というのはなにかしら切なく、愛おしく感じる。あぁ、とくぐもった声がだれかの口からもれた。
 
 僕らはまだ息をし、自らの身体をあらっている。

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