四夜連続怪談 第一夜 消防の図画

   消防の図画 

 

 四十歳になる女性から聞いた話です。
 数年前、彼女がショッピング・モールに買い物に行ったとき、「消防の図画」の表彰式が行われていました。あぁ、わたしも小学生のころ表彰されたな、とふいに彼女は思い出した、それで帰郷したおりに母親に尋ねてみたそうです。ねぇ、お母さん、むかし消防の図画で賞をもらったよね。絵、まだあるかな? と。母親は、残してありますよと答えました。女性は、お母さん見せてよ見せてよと子どものようにせがんだそうです。母親はゆっくりと立ちあがり、ふすまをあけて奥の部屋へ行きました。やがて平たい箱を持って戻ってきた。紙でできた蓋をとると、まず賞状が出てきました。特選、と記されています。そうだ特選だったんだと彼女も思い出した。賞状の下から絵が出てきました。消防車は遠くに小さく描かれ、消防士たちが大きく描かれている。二人一組で担架を持ち、焼け爛れた人びとを運んでいる。二十人はいそうな消防士たちは皆ぽっかりと口をあけ、こちらへ顔を向けていました。目のなかに黒目はなく、白目だけの大きな目でした。絵の背景は黒に近い紫色に塗りつぶされています。空の辺りだけがどす黒い赤。思っていた図画とはまるでちがいました。人間の記憶とはこれほどあてにならないものなのかと愕然となった。が、新たな記憶もよみがえってきました。クラスの担任がその色づかいを褒めてくれたことです。消防車の赤もきれいだし、先生はこの空の水色がとくに好きだなぁ。いい色が出ているね、と。そうだ、そう言ってくれたんだ。それにこんな不気味な絵が特選に選ばれるわけがないのだ。彼女は母親のほうを振り返りました。お母さん、これわたしの描いたのとちがうよ、わたしのはもっと消防車を画面に大きく描い── 
馬鹿なことを言うんじゃありません! これがあなたの描いた絵です!

 
女性の母親は先日亡くなりましたが、温厚な母親が目を吊り上げて怒鳴ったのは後にも先にもそのときだけだそうです。

 

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