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「Blue〜」ベスト! 第3弾! 101〜150も やるってんだい!

「やるってんだい!」と 言われてもねぇ 。

誰も「やめとけ」 言うたはらへんのですから 。

 

いや〜、でもなんか、101〜150って〝濃く〟なかったですか? 〝濃い〟っていうか、〝クドい〟っていうか── 。クドかったらアカンのですけど。変なエネルギーはあったんじゃないかなぁ、という気はします。

では、いつものように いただいたスター、いろいろな要素、僕自身の偏愛── 、ベスト15 を選んでみました。投稿日の古い順から載せていきますね。

 

 

 僕の文章も、ケイさん(男性です)の写真も派手なものではないですが、好きな回です。

 

 

いま読むと最後の1行がキザで赤面してしまいますね 。ケイさんの写真も楽しい!

 

 

そんなにウケる回ではないだろうなと思いながら、アップしたのを覚えています。でも、これが好きなかたがけっこういてくださる印象です。とても嬉しいです。

 

 

我慢している人は多いだろうなと思います。やさしい人も多いだろうなと思います。とくに華のある文章ではないですが、少しでも楽になってもらえたら、嬉しい。

 

 

あなたとわたしへのエール。写真も好き。一隻だけ写ってる白い船がたまらない。よく撮れたよなぁ〜。

 

 

「Blue〜62」の別バージョン。長めのバージョン。

 

 

いま、久しぶりに読み返し、慰められました。手前味噌みたいですが、それでいいんですよ。まず僕自身が癒され、励まされること。それを僕とよく似た〝あなた〟へ届けること。それが「Blue あなたとわたしの本」の、ほとんどただ一つのコンセプトなのですから。

 

 

そういうときって、ほんとにあります。そんなとき、さらに自分を鞭打つと、人は倒れます。

自分に厳しくしすぎないよう、おたがい気をつけましょうね。

 

 

そういう人でもいいじゃない。これも僕の渾身のメッセージだなぁ。「そういう人でもいいじゃない」心から、そう思います。

 

 

これをアップするとき、実はちょっと怖かったんです。〝引かれる〟んじゃないかって。「Blue〜」よ、どこへ向かうねん? みたいな。公開してみれば、〝引かれる〟ってことはなかったのかなぁ。特別、反応がいいってこともなかったですね。

それにしても── ケイさんの写真がスゴい。「そこどこなん?」みたいな。

Kei Tamura さんの写真は、もっともっと反響があっていいと個人的には思っています。ケイさんの写真を賞賛するコメントをいただいたときは、いつもうれしかった。プロフィールまで見ないかたには、僕がフリーフォトを使っていると思われたのかなぁ? 太陽の塔の写真2枚(Mayu Nomuraさんの作品)以外、すべて Kei Tamura さんのオリジナル写真です。

 

 

「Blue あなたとわたしの本」全150回のうち、最も多くスターをいただいたのは、「メビウスの輪」でした。たしかに、僕という人間がよく出ている文章だと思います。好きな作品です。

 

 

創作とは、何者かとの共同作業だと思う、と何度か書きましたが、この作品も〝何者か度〟が高いですね。短時間で仕上がりました。「Blue〜75 祭り」を書いたときのパターンと、よく似ています。

 

 

この回は、思った以上に反響があった印象です。アクセス数も含め── 。

ここで言う〝学歴〟は、あくまでも「Blue〜」的には、ってことね。でももちろん僕の本音だし、本気の叫びです。「自信 持って行こうぜ !!」

 

 


 

「人間が最期の瞬間に想うこと」

「奇跡 あなたが生きているということ」

 そして、

「人生の本質」

「命」

「やりつづけるよ」

「このありがたさよ」

「心の底から」

なども含め、少し書かせてください。

今から1年と2ヶ月ほど前、告知、というとやや大げさになるのですが、「え? 俺って来年の桜、見られるの? その前の誕生日は迎えられるんだろうな?」みたいなことが、あったんです。

それはもちろんショックで、目の前が真っ白になりました。夜も熟睡できなくなり、夜中に何度も目が覚めるんです。── そしたら、言葉が浮かぶんです。〝来る〟んです。

そのときはもう「Blue〜」の構想があって、ぽつぽつと原稿をためだしていたんです。それまでは小説を書いていたんですが、自分と似たようなタイプの人間を慰められないだろうか、って方向へどんどん行ってて、格言みたいなのが散りばめられたり、わけのわからない作風になってきてた。それならば、〝あなた〟へ届けることだけを目的とした、手紙のような本を一冊書いてみようかと思ったんです。

── 夜中に目が覚めて、言葉が浮かぶ。〝来る〟。これは以前からあることで、珍しいことでもないんです。でもその時は、「もういいよ」と絞るような声を出しました。「死ぬかもしれないのに、そんな言葉書いて、どうなんだよ」と。「有名人でもない人間の〝言葉集〟みたいな本を出してくれる出版社もあるわけねーだろ! 頭おかしいんじゃねーのか! もういいよ!」

だけど、ここでメモっとかないと、朝になったら絶対に思い出せないことも経験的に知っていたので、仕方なく、枕元の紙とペンを引っ掴みました。

朝になって、読んでみた。

── いいんですよ。そのときの僕の奥底からの叫びであると同時に、明らかに〝僕自身を超えた〟言葉でもあるんです。「いいなぁ」と思いました。そしていつものように推敲に取りかかりました。「あぁ、やっぱり推敲するんだ」と一人でつぶやいた。このときは笑えてきました。死ぬかもしれないのに、やっぱり俺、推敲するんだ、と── 。

僕自身もどこかで疑っていたんだと思います。自分とよく似た誰かを癒したい、勇気づけたいなんて言ってるけど、ポーズなんじゃねーの? って。でもね、やっぱり推敲してたんですよ。いつものように徹底的に。わずかなリズムの狂いも許さず、句読点、改行に悩み、漢字をひらいたり、漢字にもどしたり、あなたのすぐそばで僕がささやいている状態になるまで── 文章がボイスに変わるまで── 妥協なくブラッシュアップしてたんです。

そのとき── 僕は僕を、たぶん認めたんだと思う。一人で微笑みながら、いつしか涙をこぼしながら、それでも微笑みながら── 僕は文章を推敲しつづけました。

 

上に記しました「Blue〜」は、そのとき夜中に〝来た〟「Blue〜」たちです。

 いま読んでいただいたこんな文章を書くつもりはなかったんですが、少し説明しておかないと、「なんでお前にそんなことがわかるねん?」と言われても当然な言葉たちですからね。僕という個人を超えた言葉なんです。あのときでなかったら書けなかった言葉です。恥ずかしさみたいなものももうなかったですね。あぁ、そうなんだ、みたいな感じです。あぁ、そうだったのか、みたいな。うん、そうだよな、というか── 。

だからこそ── 書き残しておきたかった。

 

幸い僕はいま、すぐに死ぬことはなさそうです。それどころかあと10年、20年と生きられるかもしれません。いえ、もっともっと生きるつもりです。「あれだけ生きれば少しはいいものも書けるだろうさ」と読者に嫌味を言われるくらい。「知ってる? 智(とも)って今年、182歳だぜ」と、ね。

呆れられるくらい── 生きてやろうと思っています。

 

「Blue あなたとわたしの本」はこれからも僕のライフワークとして、ゆっくり書きつづけていくのかもしれません。

 

 いま、とりあえず150回分ありますので(ここから厳選します)、書籍版を出版してくださる出版社・編集者さんとのご縁を、切に願っています。「Blue〜」をさらに良き状態にし、感受性が豊かで、傷つきやすく、ひとりが好きで、そして優しすぎる、そんな〝あなた〟へ届けるお手伝いをしていただきたいのです。コメント欄(いったん僕のところでとどまります)からお声かけください。心より、お待ちしております。

「Blue あなたとわたしの本」は、出さなければならない本なんです。

── 僕はそう、信じています。

 

 

 

 

 

いまお読みいただいている、あなた。

あなたに夢はありますか?

もしおありなら、その夢が叶いますように。

あなたの夢が叶いますように。

僕の夢が叶いますように。

 

これからも青臭く、文章を書きつづけていくのだと思います。

 

今日も命があることに手を合わせながら、

 

 

「生きていこうぜ !」と。

 

「自信 持って行こうぜ !!」と。

 

 

 

「ありがとう」と

「愛しています」の

 想いを胸に、ね。

 

 

 

 

 命があるって、素晴らしいよ。

 

 

 

 

 

ベスト Blue

 

 

ベスト Blue 2

 

 

「Blue〜」になれなかった「Blue〜」たち

 

 

夢を行動に移すための(ある種 劇薬的な)思考法

 

 

 

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