「PERFECT DAYS」を観てきた。 頭から離れなくなる映画だった。 vol.2

Blue あなたとわたしの本 256

 

 

その後に起こる大きな出来事といえば、やはりこれだ。平山が恋心をいだいているであろうママのいる小料理屋(開店の少しまえの時間だろう)に行ったとき、見知らぬ男性とママが抱き合っているのをドアのすき間から見てしまう。平山は逃げるように走り去る。河川敷で缶ビールをあおる。ママと抱き合っていた男性がそこへ来るのだ。追いかけてきたものらしい。その男は元夫だった。難病におかされていて、余命いくばくもないであろうことが知れる。「あいつをよろしくお願いします」と男は言う。お願いします、と繰りかえす。
この場面は、リアリティがないように思える人もいたかもしれない。だが 死を覚悟したとき、人はこれまでの人生で出会った大切な人たちに、もういちど会いに行きたくなるときがある。あやまりたくなるときが。ありがとうを伝えたくなるときが。その人たちが幸せでいてほしいと願うときが。心が透き通ってしまうときが、あるのだ。元夫・友山は、そういう心境だったのではないか。 平山が逃げ去ったあと、「あの人は平山さんと言って──」という会話も当然ママとなされたはずだ。その口調、表情で、元妻の気持ちも友山は察したはず。この世的な自我がなかば浄化されているであろう友山が、気がつけば平山を追いかけていた、──不思議ではないように思う。
そして影踏みのシーンがくる。
友山は、「影ってかさねると濃くなるんですかね」と不思議なことを言う。「わからないことだらけだな。けっきょくわからないまま終わっちゃうんだなぁ」と。
「やってみましょうか」と平山は答える。
街灯のまえに立ち、二人はじっさいに影と影とをかさねる。「変わらないかなぁ」と友山はさびしげにつぶやく。平山は、「濃くなってないですか。なってるんじゃないですか」と返す。「濃くなんなきゃおかしいですよ。なんにも変わんないなんて、そんな馬鹿な話、ないですよ」と平山は言い張るのだ。
私はこのシーンで、あのセリフがフラッシュバックした。「この世界には、本当はたくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界がある」。平山はこういった諦観をもった男だ。だが、何かの拍子に、つながっていない世界と世界がかさなったとき、少しぐらい色も濃くならなければ、木漏れ日のように心もゆらがなければ──なんにも変わらないなんて──それではあまりにも寂しすぎるじゃないか、そんな平山の痛切な声を、この場面で聞いた気がする。
平山さんは決して人間嫌いでも、自閉した人物でもない。閉じた人間は駅と直結した地下街の居酒屋などで夕食をとらない。改札が見え、すぐうしろを人が慌ただしく行き交うような場所では。店主が毎回 話しかけてくるような古本屋にも行かない。現像された写真を受け取るためとはいえ、カメラ屋にも通わない。店を出るとき主人とかわす「ああ」「うん」という挨拶ともつかぬやりとりのなんとすてきなことか。あるいは公衆トイレに残された謎のメモ。誰とも知れない人物とのつかの間交流。「ありがとう」と記されたその紙を、平山さんは大事そうにポケットにしまった。
影と影がかさなったなら──ヒビ割れた心と心が合わさったなら──平山さんはその傷口から奇跡的に差しこむあたたかな光をみいだしたい人なのだ。 影踏みのシーンに、私はそんなことを感じた。

あと、これは本筋とは離れた話題かもしれないが、この影踏みのシーンは〝降りてきた〟アイディアではないかと個人的には思った。 つまり、ヴィム・ ヴェンダース監督や、共同脚本の高崎卓馬氏が〝頭で〟考えたシーンではないのではないか、と。どちらかの右脳へ直接舞い降りてきた場面だったのではないかと感じたのだ。作品を作るとき、そういった幸運なことがまれに起こる。思考よりも先にそのシーンが展開される、その光景が〝見えて〟しまう。 何だろうこれは? とインスピレーションを受け取った人間はあとからその意味するところを考える。この情景はなんの隠喩なのだろうか、と。見当がつかないとそのアイディアを採用するのをやめてしまうケースもでてくる。意味がわからないし、ちょっと唐突すぎるかもしれないな、といった理由で。
──そのシーンを削ってはいけないのだ。たとえ作者にも意図するところを把握できなくとも。〝作品そのものが〟求めている情景なら。「なるほどこのシーンはだから必要だったのだな」と作者本人が数年後、数十年後に気づき、理解することさえままある。フィクション創造の面白みではないだろうか。 創作とは、〝何者かとの共同作業〟なのだ。
この影踏みのシーンに、作品自体が働きかけたインパルスを私は感じた。この場面があることによって映画が膨らみを増したと思う。豊かさを増した。
当初からあったアイディアなのか〝降りてきた〟ものなのか、もちろん私の知るところではない。なんにせよ、平山と友山が影と影とをかさねるシーン、二人の無垢なやりとり、そしてそれにつづく影踏みのシーンが、私はとても好きだ。

 

  後日、vol.3〈完結〉を投稿します。 

 

 

 

 

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