四夜連続怪談 第三夜 列車

 列車

 

 列車が停止した。電灯も消えた。座席に座った男の頭のなかに映像が差し込まれた。全裸の若い女性がベッドで仰向けに寝ている。その横顔は陰になっている。身体が徐々に浮かんでいく。男の耳の奥で鳥の羽ばたきが聞こえだす。棒のように真っすぐな女性の身体が浮かびあがっていくさまが横からのアングルで見える。空間のあちこちから手書きの文字が滲みだしてくる。不意に文字が大きくなる。そして縮み、消えていく。また文字が現れる。消えていき、現れ、それが繰り返される。読めそうで読めない。鳥の羽ばたきの音量が増す。女性の裸体は上昇をつづける。白い背なかが微光を帯びながら薄闇のなかをどこまでも昇っていく。カメラは下からその様子をとらえている。白い裸体が小さくなっていく。
 不意に、男の腰のあたりに何かが巻きつく感触があった。巻きついたものに手のひらをふれてみる。なだらかで、ひんやりしている。女性の裸の前腕だと気づく。さわっていた腕の持ちぬしがヌウッと真っ黒い底から顔を起こす。目も鼻も口もない。髪の毛だけが左右に垂れている。顔の位置で手書きの文字が滲みだしてくる。わずかに光っている。縮んでいく。大きくなる。回りだす。物凄い速さで。
 女の手のひらはいつの間にか男の手首を掴んでいる。下へ下へと引っ張っていく。闇の底へと引きずり込もうとする。やめろ。男は声をあげた。女の手が止まる。やめろ。もういちど叫んだ。指の力もぬけていく。するりと手がはなれ、女がひとりだけで沈んでいく。一瞬、どこかから弱いひかりが差し、女の顔がうっすらと見えた。こんどは顔があった。表情が浮かびあがる。だれだ。思い出せそうになる。だれだ。どうして、泣いていた? 首が沈んでいく。女の腕も。手のひらも。男の足もとの暗闇へと沈んでいく。
 男は腕をのばす。わずかに見えていたその手のひらを反射的につかむ。女の驚きが指に伝わってくる。腕を振ってほどこうとさえする。が、やがて女の指にも力が戻ってくる。しっかりと握り返してくる。
 ふたりはつながったまま、水を含んだような闇のなかをゆっくりと落ちていく。

 
 誰もいない列車のなかに、鳥の羽ばたきだけがまだ聞こえている。

 

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「1パーセントの深い哀しみ」にいただいたレビュー集が載っています。

 

 

 

 

 

 第一夜、第二夜、第三夜は、すべて「1パーセントの深い哀しみ」に収められた小説内小説(散文詩)です。下の note のリンクをクリックすると、「安息の地」「らしき世界」も無料でお読みいただけます。

 

note.mu

 

 

 

 

 明日の第四夜は「1パーセント〜」とは無関係の書き下ろし。

 四夜連続怪談の最終夜であり、「Blue あなたとわたしの本 193」を兼ねた作品です。

 

 

 

 第三夜までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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