Blue あなたとわたしの本 100
かつて小学生だったころ、「自分には性格がない」と彼は思っていた。
まわりの同級生たちは実にカラフルなキャラクターを持っていて、かつ、それがブレなかった。
「僕には性格がない」
彼はそう思っていた。そのことが何かしら後ろめたく、なんだか怖くもあった。
みんなが夢中になっている野球が面白いと思えなかった。設計図どおりに組み立てるプラモデルがどうしても好きになれなかった。
人がまわりにいると、少年はとりあえずニコニコしていた。
彼は家に帰ると文章を書き、絵をかき、物語を作るようになった。
今ならもちろん彼にもわかる。
少年は性格がない、のではなく、ひとりでいちから何かを作り上げるのが好きな性格、だったのだ。だけどそのときはそれに気づかなかった(どうしてだろう?)。ただただ、「自分には性格がない」と思っていた。
そして少年は十歳になり、十四歳になり、自分以外の者になろうとする血みどろの戦いを始めてしまう。それから10年も、20年も──。あれだけ好きだった木々や草花、夕焼け、木洩れ陽のゆらぎがすぐそばにあることにさえ、気づくこともないまま──。
かつての少年も四十代に入り、死に至るぎりぎりのところまで血液を失ったあと、いま、文章を書き、絵をかき、物語を作っている。
あのころと同じように、何のためでもなく、ただ、そうしたいから──。
世界は言う。
「おかえり。やっと戻ってきたんだね。きみとは何の関係もないところへどんどん行ってしまうから、ずいぶんとヒヤヒヤしたものさ」
少年はうつむく。うつむいて、すこし恥ずかしそうに微笑む。外に出て、大きなケヤキの下で、真っ白なスケッチブックをひらく。そこに絵をかく。言葉をつむぐ。黄緑がかった木洩れ陽がスケッチブックの上に美しい光の模様をえがく。息がつまりそうなほど、少年の心が、うごく。
「ただいま」
さぁ、
今日はあなたに、
なにを話しかけようか?