短編

怪談「きっかけ」⑤ 完結

駅の構内を歩いていると、キャリーバッグを引いた何人かの人が河原に気づくのがわかった。その顔が驚きや、あからさまな喜びに輝くのが見てとれる。売店の女性もこちらを見ていた。バックパックを背負った女の子のグループ。悲鳴に似た歓声が上がった。河原…

怪談「きっかけ」④

きみは── 、と私がさきに口を開いた。「幻覚ではなかった、と思ってるんだな」 河原は顎を引くような動作をした。 私は河原の目をのぞき込んだまま、知らず知らず声をひそめていた。「なんでそれが生きてる人間じゃないとわかったんだ?」 河原は低い声でう…

怪談「きっかけ」③

── ダムに空いた穴からは大量の水が噴き出している。低速度で弧を描き、途中からは怖いほどの速さで真っ白く落ちていく。その轟音を聞きながら長い石段をのぼる。陽射しが首の後ろをじりじりと焼く。最後の石段をのぼりきると、深林に挟まれた奥行きの深い場…

怪談「きっかけ」②

「俺は美術の専門高校に入ったけど、大して才能がないことにすぐに気づいた。あの高校はレベルも高かったしな」 たしかに受験生は全国から集まっていた。日本で最初に設立された画学校で、今でも美術の単独高校というのはここだけのはずだ。年に一度、美術館…

怪談「きっかけ」①

高校時代からの友人の河原が久しぶりに帰郷した。彼は今、プロの俳優として活躍している。メールでのやりとりは頻繁にあったが、直接顔を合わせるのは五年ぶりだ。彼も私も三十九歳になった。けっこういい歳だ。 「この店、ほんといいよな」 だろ、と私も笑…

四夜連続怪談 最終夜 妻と作る

Blue あなたとわたしの本 193 妻と作る 僕の妻はバンドを組んで歌っている。オリジナルをやる。曲はギターの男性が作り、詞は妻と僕とで作る。曲が先にでき、妻がそれを聴いたイメージを僕に伝え、僕が言葉にする。妻は「あなたはわたしのアイディアを歌…

四夜連続怪談 第三夜 列車

列車 列車が停止した。電灯も消えた。座席に座った男の頭のなかに映像が差し込まれた。全裸の若い女性がベッドで仰向けに寝ている。その横顔は陰になっている。身体が徐々に浮かんでいく。男の耳の奥で鳥の羽ばたきが聞こえだす。棒のように真っすぐな女性の…

四夜連続怪談 第二夜 恋人

彼女は誰かといっしょに暮らしたいと思ったが、笑い声や話し声には耐えられそうもなかったから笑ったりしゃべったりしない人がいいと思った。大きな身体の圧迫感にも耐えられそうにないからできるだけ小さな人がいいと思った。小さな小さな人がいいと思った…

四夜連続怪談 第一夜 消防の図画

消防の図画 四十歳になる女性から聞いた話です。 数年前、彼女がショッピング・モールに買い物に行ったとき、「消防の図画」の表彰式が行われていました。あぁ、わたしも小学生のころ表彰されたな、とふいに彼女は思い出した、それで帰郷したおりに母親に尋…




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