短編

小説「YES」⑧ 完結

十七歳の夏、そんな体験をしました。もちろんこれは私の人生にとって、とてつもなく大きな意味をもつ出来事でした。それまで抱いていた厭世観えんせいかんのようなものが百八十度変わってしまったのです。吹き飛んでしまいました。 そうです。同い年である彼…

小説「YES」⑦

シートの上に、シャツやスラックスが畳んで置かれていました。その横に紺色の水着もありました。 彼女は何も身に付けず、生まれたままの姿で水のなかを泳いでいました。 対岸の岸壁がやたらと奥まったところにありました。信じられない広さを持った淵でした…

小説「YES」⑥

翌週はもう新学期が始まりました。 私は日曜日が来るのを待ちわびて、また上流まで行ってみたんです。でも、何度行っても彼女には会えませんでした。もう学校が始まっているんですものね。 ── 十六歳の、私の夏はそれで終わったのです。 そして十七回目の夏…

小説「YES」⑤

またあお向けになりました。雲がゆっくりとかたちを変えながら移動しています。私はずいぶんとリラックスしてきて、より自然体で話せるようになっていました。女の子の声も親密さが増してくるように感じられます。私は、「どうしてこの場所にいるとこんなに…

小説「YES」④

私はいつものように川縁にシートを敷き、あお向けになったまま少しうとうとしていました。 かさっかさっ、という足音がしました。最初は川の流れる音だと思ったんです。川音というのは、意外と複雑なものですからね。人が何人かでしゃべっているようにも、歩…

小説「YES」③

私は広島市で生まれ、七才からは呉くれ市の親戚の家で育ちました。伯母の家はどちらかと言えば裕福な家庭でした。三年、四年と経ち、友だちもできたのですが、学校が終わってからもいっしょにいたいとは思いませんでした。何と言いますか── 生身の人間との付…

小説「YES」②

音楽家や書道家など、芸術関係の人間がたしかに多く集まっていた。大学生も来ていた。男の子も女の子もいた。男は日に焼けた腕にたいてい〈Gショック〉をはめていた。当時の流行りゅうこうだったのだろう。女の子は下着のように見えるキャミソールを着てい…

小説「YES」 ①

住職からお借りしている寺のなかの一室で、長崎に住む友人がくれた手紙を読んでいた。 終わり近くにあった一文に目をやったときだ。二十年も前に聞いたある画家の話がよみがえった。 印象深い話だった。だけど画家がある種の狂人であった可能性は否定できな…

怪談「きっかけ」⑤ 完結

駅の構内を歩いていると、キャリーバッグを引いた何人かの人が河原に気づくのがわかった。その顔が驚きや、あからさまな喜びに輝くのが見てとれる。売店の女性もこちらを見ていた。バックパックを背負った女の子のグループ。悲鳴に似た歓声が上がった。河原…

怪談「きっかけ」④

きみは── 、と私がさきに口を開いた。「幻覚ではなかった、と思ってるんだな」 河原は顎を引くような動作をした。 私は河原の目をのぞき込んだまま、知らず知らず声をひそめていた。「なんでそれが生きてる人間じゃないとわかったんだ?」 河原は低い声でう…

怪談「きっかけ」③

── ダムに空いた穴からは大量の水が噴き出している。低速度で弧を描き、途中からは怖いほどの速さで真っ白く落ちていく。その轟音を聞きながら長い石段をのぼる。陽射しが首の後ろをじりじりと焼く。最後の石段をのぼりきると、深林に挟まれた奥行きの深い場…

怪談「きっかけ」②

「俺は美術の専門高校に入ったけど、大して才能がないことにすぐに気づいた。あの高校はレベルも高かったしな」 たしかに受験生は全国から集まっていた。日本で最初に設立された画学校で、今でも美術の単独高校というのはここだけのはずだ。年に一度、美術館…

怪談「きっかけ」①

高校時代からの友人の河原が久しぶりに帰郷した。彼は今、プロの俳優として活躍している。メールでのやりとりは頻繁にあったが、直接顔を合わせるのは五年ぶりだ。彼も私も三十九歳になった。けっこういい歳だ。 「この店、ほんといいよな」 だろ、と私も笑…

四夜連続怪談 最終夜 妻と作る

Blue あなたとわたしの本 193 妻と作る 僕の妻はバンドを組んで歌っている。オリジナルをやる。曲はギターの男性が作り、詞は妻と僕とで作る。曲が先にでき、妻がそれを聴いたイメージを僕に伝え、僕が言葉にする。妻は「あなたはわたしのアイディアを歌…

四夜連続怪談 第三夜 列車

列車 列車が停止した。電灯も消えた。座席に座った男の頭のなかに映像が差し込まれた。全裸の若い女性がベッドで仰向けに寝ている。その横顔は陰になっている。身体が徐々に浮かんでいく。男の耳の奥で鳥の羽ばたきが聞こえだす。棒のように真っすぐな女性の…

四夜連続怪談 第二夜 恋人

彼女は誰かといっしょに暮らしたいと思ったが、笑い声や話し声には耐えられそうもなかったから笑ったりしゃべったりしない人がいいと思った。大きな身体の圧迫感にも耐えられそうにないからできるだけ小さな人がいいと思った。小さな小さな人がいいと思った…

四夜連続怪談 第一夜 消防の図画

消防の図画 四十歳になる女性から聞いた話です。 数年前、彼女がショッピング・モールに買い物に行ったとき、「消防の図画」の表彰式が行われていました。あぁ、わたしも小学生のころ表彰されたな、とふいに彼女は思い出した、それで帰郷したおりに母親に尋…




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