あらすじ
小説家志望の夫、それを支える妻。貧しくも寄り添う二人の家に、いつしか平べったい箱のような生き物「世間さま」が住みつく。大人しく無害に見える「世間さま」だったが、頭の煙突から吐き出すピンク色の煙は、じわじわと二人の心身を蝕んでいく。
社会的孤立と衰弱の果てに、夫は「世間さま」に煙の正体を尋ねる。
「これ、デスか?」、 初めて口を開いた生き物が告げたのは、冷酷な真実だった。
「世間」という怪異に窒息させられていく夫婦の破滅と解放を描く、美しくも哀切な純文学ホラー。
世間さま ①
智(とも)
「世間さま」がいつごろからわたしたちの家に住みつくようになったのか、わたしはよく思い出せない。
もうずいぶん前からのような気もするし、まだほんの最近みたいにも思える。気がついたときには「世間さま」がちゃぶ台についていた。さんまやら豆腐やらをいっしょに食べていた。カレーライスなんかも。朝は主人と同じようにコーン・フレークに牛乳をかけて食べているらしい。「世間さま」は出されたものを、おとなしく食べる。
「世間さま」の形状はすこし変わっている。
身の長は40センチほどで、横幅はそれよりほんのわずかに短い。厚みは15センチくらい。その平べったい箱のような体に顔がついている。からだ全体が顔なのだ。目はゆで卵を横にしたようなかたちで、黒目がすごく大きい。紺色のビー玉がはまっているみたいだ。口の両わきはつねに持ち上がっているので笑っているふうに見えるが、V字形というのでもない。カモメが空をゆったり飛んでいるようなかっこうと言ったらいいか──だから見ようによっては困っているふうにも、悲しんでいるふうにも見える。でもやっぱり、笑っているみたいだけど。
ふだんは手足もなく、その場にじっとしていることが多い。座椅子に寄りかかっていたり、押し入れの中板に乗っかっていたり、物干し場で木漏れ日をあび、目を細めていたりもする。歩いたり、ご飯を食べたりするときにだけ、体の中から手足が出てくるのだ。にゅっ、と。むっくりとした手足が。
「世間さま」はおとなしいからいいなぁ、と主人はほほ笑む。夫は騒々しいことが大の苦手なのだ。だから友だちさえつくらない。携帯電話も持っていない。「世間さま」がいることすら、僕はときどき忘れてしまうよ。
「世間さま」はたしかに物静かだった。箪笥と壁のすき間にもぐりこむのが好きらしく、横向きになって何時間もはさまったままでいたりもする。そうなると目も口も隠れてしまうので白い箱となんら変わらない。家の柱や梁にのぼりたいのかただ眺めているだけなのか、やけに熱心に見あげていたりすることもある。お風呂は嫌いらしく、入れてみようかとこちらがちらっと考えただけで一目散に逃げていく。いちど主人と無理やり湯船につけてみたら、いやに体がふくれてきたのでびっくりして拾いあげた。しばらくは真っ赤になったまま板の間でのびていた。「世間さま」は、ほんとうに面白い。
ただ、あたまの左わきについた煙突から、「世間さま」は煙を吐き出す。
ぽっ、と輪っかになった煙を出し、それが薄れて消える直前にまたぽっ、と輪をあげる。ぽっ、ぽっ、ぽっ、と。輪っか状の煙を。朝も、昼も、夜も。ぽっ、ぽっ、ぽっ、と。
その気体はかすかにピンク色をしていて、匂いは綿飴にすごく似ている。立ちならぶ夜店の光景が目に浮かび、人々のにぎわいが聞こえてきそうになるくらい。わたしは子どものころお祭りが大好きだった。舌の上に感じた甘い味。りんご飴。金魚すくいにヨーヨー釣り。ヒヨコ釣り、なんてものまであったなぁ。あれだけはなんだかかわいそうで見ないようにして通りすぎた。男の子たちはスマートボールの台の前で背なかを丸めてたっけ。射的の屋台。赤と白の垂れ幕。妙に長い鉄砲を打つぱん、という乾いた音。砂利道の両側にひしめくように夜店が出てたんだ。にぎやかな色。仮面ライダーやウルトラマンのお面。サリーちゃん。わくわくした当てもの屋さん。大当たりのクマのぬいぐるみ。アクセサリー付きのコンパクト。たいていはソースを塗ったおせんべいしかもらえなかったっけ。夜の空気に、いく種類ものお菓子の匂いが混じりあってた。大好きだったお兄ちゃん。鼻にしわを寄せて笑うクセ。二重まぶたの大きな目。つないだ手と手が夜店の明かりを受け、ふしぎな色合いに染まってた。兄の手のひらの感触に包まれ、安心し、誇らしいような気持ちになった。友だちに見つけてほしくて、チラチラとまわりを見たりもした。ハンサムな自慢の兄。やさしかった父と母。むかしは家族みんなが、ほんとうに仲がよかったなぁ。
「世間さま」が家に来て間もないころ、わたしは主人に尋ねてみた。あの煙は何かしら? さぁね、と夫も首をかしげる。「世間さま」はトイレに行かないみたいだから、その代わりなんじゃないかなぁ。いやな臭いがするんだったら僕もつらいけど、さいわいお花畑めいたいい香りだからね。なんにせよ生理的なことだと思うから、こちらからは質問しないほうがいいよ。傷つけてしまったら気の毒だ。
そうね、とわたしもほほ笑む。主人にはお花畑めいたいい香り、に感じるらしい。わたしはやっぱり綿飴の匂いに思える。傷つけてしまったら、というのは考えすぎのような気もしたけど、夫の思いやりぶかいそんなところも好きなのだ。いっしょに暮らし始めてずいぶんと時間がたったけれど、じぶんにはもったいないほどの人だと、わたしはいまでも思ってる。
主人は本を書いている。
哲学的な小説だ。わたしにはむずかしくてよくわからない部分も多いのだけれど、すばらしい作品なのだと思う。真っ白な紙に夫の文章がならぶと、紙面そのものが輝いて見えるのだ。ほんとうにふしぎ。出版はまだされていない。新人賞のたぐいに応募することも、もうやめてしまった。
他人と競争することは卒業だよ、と主人は言う。何も急いでプロの作家にならなきゃいけないわけでもないしね。いまはとにかく、納得のいくものを書きあげたいんだ。
わたしもうなずく。たっぷりと、いくらだって時間をかければいい。夫の夢がわたしの夢。立派な本が世に出、主人とのことを兄や両親がゆるしてくれる。みとめてくれる。そしてその小説は多くの人たちの愛読書となる。その日を迎えることだけが、わたしにとっての生きがいなのだ。
もちろん、そうは言っても生きていくためにはお金がかかる。夫もアルバイトをしている。毎日の夕刊配達と、日曜日にはショッピング・モールの駐車場で誘導員までしてくれている。ほかの時間はずっと机に向かってる。わたしは早朝のパン屋さんと、夕方からはスーパーでレジ係。
裏手にすぐ山が迫り、借り手がつかず放置されていた平屋を見つけることができたので、なんとかやっていける。洗濯機と物干し台を据えたら裏庭の空間は埋まってしまった。しげった樹木が空を隠しているので陽もほとんど当たらない。部屋は目に見えて傾いてる。すこしでもまっすぐなところにちゃぶ台を置いてご飯を食べる。天井灯もこわれているので電気スタンドを灯す。ちょっと赤っぽい光。プラスチック製の笠がオレンジ色をしてるから。
子どもはいない。ココがどこなのかもわからないのにそんなところへ自分たちの子どもを放りこめるかい? と主人は言う。そんな、無責任なことを──。わたしもふたりきりでいられればそれでいい。満足。夫はお酒も飲まず、たばこも吸わず、ギャンブルも女遊びもしない。家の近くを走る線路を越え、涸れた水路づたいに夫婦で歩く。ものの5分とかからないところに廃墟となっているボウリング場がある。誰ものぼってこない屋上の長椅子で、わたしのつくったお弁当を食べるのがふたりの楽しみだ。錆だらけの金網の前にならんで立ち、夕方のひかりが町並みを照らすのも見る。低い山に取りかこまれた平べったい町。終わってしまった時間が色に変わったような赤さで、市街地全体がだいだい色に染まってた。
わたしはほんとうに、しあわせものだと思う。

世間さま ② へ つづく
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