小説「記憶のたわむれ」②

 

 

 藤堂さんも一人暮らしだった。僕の部屋とはちがいよく片付いていた。天井の照明は意図的に光度が落とされていた。フローリングされた小ぎれいなワンルームだったが、暖房器具は電熱棒が赤く灯るタイプのヒーターしかなく、少し寒かったのを覚えている。モスグリーンのカーテンが窓にかかっていた。パイプでできた黒いシングル・ベッドが左の壁ぎわへ寄せられ、その足もとには本棚が立っていた。思いのほか小説が多い。近代日本文学がよく揃っていた。右側の壁には簡素な書き物机。ポスターの類はない。たしか、十一月の終わりごろのことだ。

 座ぶとんを敷き、部屋の真ん中に置かれたロー・テーブルをはさんで向かいあった。藤堂さんのつくった野菜炒めを食べ、ビールを飲んだ。焼き肉も出してくれた。「そういえば八代はまだ未成年だったな」と藤堂さんはいたずらっぽく笑いながら、グラスに缶ビールをついでくれた。

 藤堂さんの好きな小説家を尋ねてみた。その時々によってちがうんだけど、と前置きしてから藤堂さんは答えた。

「幸田露伴、梶井基次郎、中島敦。── 文章だけでも酔えるタイプの作家が好きなのかもしれないな。幸田露伴はまずまず評価されてるんだろうけど、梶井と中島敦の日本文学史的立ち位置が低すぎるよ。個人的には、そう感じる」。

 ──警備員仲間に、やたらと笛ばかり吹きたがる六十過ぎの村田さんという男性がいるのだが、この村田さんがチンピラに、「うるせぇんだよ! 一日じゅうの前で笛ばっかり吹きやがってよ!」とヘルメットを小突かれたという話を藤堂さんが面白おかしくした。「そのときの村田さんの言い訳がさ──」と藤堂さんは笑った。「『会社がどうしても笛を吹けと──』だったらしいぜ。管制補佐の飯田いいだにしょっちゅうブツブツ言われてるのになぁ。『村田さぁん、たのんますよ。またクレーム来てんだよねぇ。あのおっさん笛吹きすぎだって。オレもまったく同感っスよ。あのおっさん笛吹きすぎだって──』」

 それから藤堂さんと僕とで飯田のいやみったらしいいつものしゃべりかたを真似しあった。管制補佐をやっている飯田はホスト上がりの二十三かそこらの茶髪の男だ。スーツもその当時のものをそのまま着ているらしく、まったく堅気の人間には見えない。紫色のジャケットを着た人間など芸能人以外で僕は初めて見た。「似てる似てる。飯田の物真似は八代の勝ちだなぁ──」。二人でひとしきり笑った。

 そして九時をまわったころ、明日も仕事だからそろそろ話さなきゃな、と藤堂さんは切り出したのだ。その声には硬さがあった。思わず僕も背すじを正した。藤堂さんは僕と馬鹿話をしながら、おそらく頭のなかではこれから話す体験談についてずっと考えていたのだ。

「俺の育ったのは」と藤堂さんは話しはじめた。電熱棒の明かりを受け、右半分の顔が赤く染まっている。「京都なんだ」

 意外だった。ぜんぜんなまりがないですね、と言ってみた。嫌いだったんだよ関西弁も京都自体も、と藤堂さんは返した。「東京へ出てきてひと月も経たないうちに完璧な標準語をしゃべってたよ。なんだか別の人間になれたような気がして、妙にうれしかったな」

 藤堂さんはビールを一口飲み、座卓の上にグラスを戻した。僕もグラスを手にとって一口だけすすった。

「生い立ちをくわしく話しても湿っぽくなるだけだから、はしょるよ」と藤堂さんは言った。「五歳のとき、俺は両親と兄を一時に亡くしたんだ。まぁ──交通事故だよ。そんなテレビドラマみたいなことがあるんだなって思うだろう。あるんだよ。今もしょっちゅう起こってる。事故なんてみんなとくに気にしてないから目につかないけどな。新聞なんかで知ってもすぐに忘れちゃうし。かわいそうだなぁってちょっと思って終わりだよ。いや、それでいいんだよ。俺だってこんな境遇じゃなかったら、きっとそうだったと思うし──」、藤堂さんは左手で前髪をかき上げ、額から目尻にかけて走る古傷を右の指先でゆっくりとなぞった。そして前髪をまた落とす。額の傷が隠れる。「似たような事故が起こると、やっぱり胸は痛むな。家族みんなが死んじゃって、幼い子どもがぽつん、と残ったりするとな。

 死んだものはいいんだよ。うん、死んだものは。かわいそうなのは人生という不可解なところに一人取り残された小さな子どもさ。ニュースなんかでさ、『なになにちゃんだけはおばあちゃんと家に残っていて事故に巻きこまれず無事でした』、なんてのを聞くと、ほんとつらいぜ。幸い、みたいな言いかたをするけど、その子はこれから一人で生きていかなきゃならないわけだもんな。そりゃ大変だよ。おばあちゃん、って言ったって、やっぱりおばあちゃん、って言うぐらいだから、そんなにいつまでもいてくれるもんでもないしさ。

 俺の場合は──父親の妹夫婦が引きとってくれたんだ。まぁ簡単に言えば、そこしか行くところがなかったんだよ。親父おやじには兄弟が妹しかいなかったし、両親とは──ちょっと面倒な関係になってた。

 叔母さんたちにとったらいい迷惑だったと思うぜ。結婚してまだ間がなかったし、ふたりとも三十前だったしな。それに子どもが欲しいっていうタイプの人たちでもなかったんだよ。叔母さんはジャズピアニストとして夜はたいていどっかのホテルで演奏してたし、叔父さんは〝なんとか〟っていう賞を取ったばかりの新進画家だった。うん、ふたりともいい人だったよ。良くしてくれた。いじめられたりなんかもいちどもない。ただ二人とも、この子がいなけりゃなぁ、ってどっかで思ってるんだ。なんでこんなことになっちゃったんだろう、って。そういうことって子どもにもわかるんだよ。いや、子どもだからこそ敏感にわかるんだな。俺も人一倍神経質なガキになってたし、つらくはあったな。はやく大人になって、京都の町から出ていきたいって、そればっかり考えてた──」

 藤堂さんはいったん口を閉ざし、テーブルの上に視線を落とした。僕は黙って、話のつづきを待った。野菜や肉の載っていた皿から、食べ物の匂いがわずかにただよっている。アパート前の道路からは車の走行音がくぐもって聞こえ、天井のすみの暗い部分にヘッドライトの反射がときおり走った。どこかの部屋の床を誰かが歩きまわる音が聞こえた。なにかに苛立っているような慌ただしい歩きかただった。

 藤堂さんはひとつ息を吐いてから、さっきより明るい声になってつづけた。

「まぁ、そんなふうな境遇だよ。ここまではただの前置きだ。ここからが本題──。

 俺はでも、グレた子どもではなかったな。友だちとも遊んだし、ふつうに勉強もした──」

 なぁ八代──と藤堂さんは照れの混じったような目つきになり、ローテーブルの向こうで前かがみになった。藤堂さんの顔を僕も見返した。

「おまえが小学生のころ、駄菓子屋へはよく行ったか?」

「駄菓子屋、ですか?」

 聞き返した。思わぬところへ話が飛んだからだ。少しのあいだ考えてから、答えた。

「行きましたよ。だけど、よくってほどでもなかったかな──」

 そうだろうな、と藤堂さんは目の端にしわを寄せて笑った。そして、十歳以上としがちがうわけだからそうなんだろうな、と独りごとのようにつぶやいた。

「俺の子どものころは小学校が終わると、たいてい駄菓子屋へ行ったんだよ。原っぱで野球をやってるか、駄菓子屋で遊んでるか──そんなもんだった」

 いい〝おばちゃん〟がいてな、と藤堂さんは目尻のしわを深くした。「おばちゃんっていうより、もうおばあちゃんにちかい歳だったんだけど、俺たちは『おばちゃん、おばちゃん』って呼んでた。すこし太ってて──丸いその顔が笑うと、何ともいえない愛嬌があった。ひまわりでもパッと咲いたような笑顔だった。歯がほとんど残ってることがおばちゃんの自慢だった。えび茶色の和服の上に白い割烹着をつけてた。割烹着からはお菓子の甘い匂いがほんのりといつも香ってた」

 気の強いところもあってな、と藤堂さんはつづけた。「子どもが喧嘩しだすと店そっちのけで近くの公園につれてくんだ。そして砂場で相撲をとらされる。殴ったり蹴ったりできないから大した怪我もしないんだよ。どっちかが投げ飛ばされて、『なになに負けやがった』って子どもたちがはやしだすと、そんなこと言うなって目を釣り上げて怒るんだ。両足を踏み鳴らすことさえある。正々堂々と戦ったって、今回は相手が勝っただけだって、つぎ勝てばいいんだって、──それに本来──人生では誰も負けないようにできているんだって」

「人生では誰も負けない?」

「なぁ、子どもに向かって言うセリフじゃないだろ」

「どういう、意味なんだろう──」

「わからん」と藤堂さんは首をふりながら微笑った。「おばちゃんが言ってくれた言葉で、いまもわからない言葉が1ダースはあるよ。へんに哲学的なところがあったんだ」

 こんなこともあったな、と藤堂さんは思い出し笑いの顔になる。

「夕方、店の前を営業マンらしい中年の男性が通った。そしたらおばちゃんがそれを見ながら俺たちにこう聞いたんだ。『あのおっちゃんと、おばちゃんとどっちがエラい?』

 みんなちょっと考えてから口々に言ったよ。『そらあのおっちゃんや、男やもん!』『口髭も生やしとおったしな』『背広もウチのお父ちゃんよりええのん着とおった』

『あほぅ!』っておばちゃんは隣にいた坊主頭の後頭部をはたき、そいつは目を白黒させた。『そんなもん男やとか髭やとか背広とかで決まるかい!』、なにが口髭じゃ! とおばちゃんはもう一発その坊主頭をはたいたんだけど、坊主頭はひとこともまだ言葉を発してないんだよ。『あんたらそんな見かけだけで判断してどうすんのぉ? あのおっちゃんに、おっちゃんは仕事好きか? って聞いて、おっちゃんが、うん好きやで言わはったらおばちゃんと引き分けや。きらいできらいでしゃあないわ言わはったらおばちゃんの勝ちや。なんでかっていうとおばちゃんは〝駄菓子屋のおばちゃん〟が大好きやからな。あんたらの相手すんのが大好きや。おばちゃんは日本一の駄菓子屋のおばちゃんなんや。そやからおばちゃんのほうがエラいんや』

 ボサボサ頭に野球帽をのっけた子どもが指を一本立てて口を挟んだ。こいつはこの手の反射神経にやたらと恵まれてるんだよ。『おばちゃん、ジンセイでは誰も負けへんのとちがうの? 髭のおっちゃん、たぶん仕事、大嫌いやで。背なかがしょぼくれとったもん。そしたら、おばちゃんに負けたんやろ?』

『あほぅ!』っておばちゃんはさっきと同じ坊主頭の後頭部をしばいた。『もしそうやったら、あの髭のおっちゃんが負けたんやない。おばちゃんが勝っただけや。あのおっちゃんも日本一になれるもん見つけて、つぎ勝ったらええ』」

 妙に可笑おかしかった。藤堂さんもうつむいてくっくっと笑った。「つじつまが合ってんだか合ってないんだか。いま思うと、たいてい合ってなかったような気もするんだけど──

 まぁ、そんなふうなちょっと変わったところもあるおばちゃんだった。だけど俺たちは学校が終わると、たいがいおばちゃんのところへ行ったよ。例の坊主頭は後頭部をはたかれても嬉しそうに割烹着にしがみつくんだ。とにかくこいつはおばちゃんにしがみつくのが大好きなんだよ。おばちゃんも抱きよせ、その頭をゴシゴシとなでる。丈夫そうな歯を見せて、大きな笑い声を上げながらな──。

 あるとき、図画の時間に好きな人の顔をけっていう課題が出された。何人かの男の子や女の子がおばちゃんの絵を描いた。俺もそのなかのひとりだ。おばちゃんは蕎麦そばぼうろ、っていうビスケットみたいな和菓子が好きでよく食べてたから、蕎麦ぼうろをつまんでるところを俺は絵にした。そっくりだってみんな大笑いしたよ。たしか画用紙の右下のほうに、〝日本一の駄菓子屋のおばちゃん〟って俺は書いたんだ。絵が出来上がると坊主頭やボサボサ頭、子ども七、八人でおばちゃんに見せにいった、店まで走った。おばちゃんは、『ここまで太ってへんやろ』とか『もっと別嬪べっぴんやで』とか『顔、まん丸やないか』とか言ってたけど──うん、喜んでくれたと思う。大きな背なかをこちらに向けて、何回も鼻をかんでた。坊主頭は、その背なかにしがみついてはまた はたかれてた。

 俺たちが夕方帰るとき、おばちゃんは店の前の道まで出てきてダンスした。右に左に不器用に両足を動かして、肩の高さまで上げた両の手のひらをヒラヒラさせながら踊るんだ。黄色みがかった西からの日差しが、おばちゃんの丸っこい体の輪郭をふち取ってた。俺たちも左右に足を動かして、笑い声を夕空へ飛ばした。真似してダンスしたんだ。近くの小山から土の匂のする風がふいてきた。どこかの家の軒先で風鈴が鳴った。おばちゃんはお菓子の匂いの染みついた割烹着をつけたまま、夕明かりのなか、いつまでも踊ってた。

 ──おばちゃんは身寄りのない人だったんだ。子どもだったからくわしい事情まではよくわからないんだけど。つねに店のなかだけは、小学生の男の子や女の子の干し草みたいな匂いでいっぱいだったけどな──。

 

f:id:btomotomo:20160518114858j:plain

 「記憶のたわむれ」③ へ つづく

 

 

 

 








にほんブログ村 ポエムブログ 写真詩へ
にほんブログ村




写真詩ランキング






「Blue あなたとわたしの本」は毎日更新から不定期更新に切り替わりました。読者登録をご検討いただければ幸いです。ブックマーク、ツイッター、フェイスブック等でのシェアも大歓迎です。いつもありがとうございます。