エッセイ Blue 3
御所の北休憩所に以前よく行った。
体育館くらいの大きさがあるその広さがよかった。中央には雰囲気のある暖炉があり、その周りに6人掛けの木製のテーブルセットが25、も配置されている。
休憩所だから気兼ねすることもなく、いつまでだっていていい。読書する人。お弁当を食べる人。もちろん観光客もいる。アジア系、欧米人── そのカラフルな にぎわいも悪くはなかった。
おたがいに干渉し合わないその雰囲気が僕好みだったのだ。
自分が消えていく安らかさだ。だから しょっちゅう利用していた。文庫本に目を落としたり、ノートに書き物をしたり。目を上げると、壁一面を占める窓からは豊かな木々が見わたせる。葉むら越しに見える青空が本当にきれいだった。視線を下げていき、そのまま遠くを見やると、白壁がどこまでも横へ横へと伸びている。素晴らしかった。
── だけど、どうしても気に入らないところもあった。
椅子だ。椅子の背もたれだ。
直角なのだ。思いっきり直角なのだ。いや、「少し前傾すらしてるんじゃないの?」と疑いたくなるくらい座り心地が悪かった。10分も座っていると気持ち悪くなってくる。いくら無料の休憩所でもそんな椅子を置かれては困る。
「この椅子さえ座り心地が良かったらなぁ」と何度つぶやいたかしれない。2時間くらい居たいのに、気持ち悪くなってくるから20分しかいられないのだ。
だが── あるとき、不意にひらめいた。
なぜそのようなアイディアが天から降ってきたのか僕にもわからない。
それは── 椅子の前足に、ペットボトルのキャップを噛ませてみてはどうか? というものだった。そうすれば、ほどよく背もたれも傾斜してくれるのではないか? と。
試してみるとこれが、超ラクチンだった! むちゃくちゃ快適になったのだ!
世界が違って見えた。葉むら越しに見える青空はその明度を明らかに上げていた。遠方の白壁などは銀箔を貼ったかのようだった。
「いいじゃない、とっても」
僕はニンマリした。2時間どころかこれで4時間だって居られる。ペットボトルのキャップ、恐るべし、である。いや、有りがたし! である。
*
その日も、僕は椅子の前足にキャップを噛ませ、機嫌よく文庫本を読んでいた。
すると、1メートルほどの間隔をあけた隣のテーブルから、何やら奇妙な声が聞こえてくるのだ。
「アッ、アッ、アッ、アッ」と。
── 笑い声? ハスキーというのか、何というのか、妙に乾いた男性の笑い声が聞こえてくる。
見ると、アメリカ人なのかナニ人なのか よくわからないが、とにかく欧米人の男性がこちらを見ている。はっきりと 僕を 見ている。そして、「アッ、アッ、アッ、アッ」と妙な笑い声を上げているのだ。
「えっ? なになに?」と思った。思いますよね? 「えっ? なになに?」と。
〝透明人間〟になってしまいたいくらい人から注視されるのが苦手な僕としては、これだけで軽いパニックに陥ってしまった。
外国人は僕を見、まだ笑い続けている。
「アッ、アッ、アッ、アッ」────
御所の北休憩所 後編 に続きます。