小説「YES」⑦

 

 シートの上に、シャツやスラックスが畳んで置かれていました。その横に紺色の水着もありました。

 彼女は何も身に付けず、生まれたままの姿で水のなかを泳いでいました。

 対岸の岸壁がやたらと奥まったところにありました。信じられない広さを持った淵でした。陽光が狙いすましたようにそこに降りそそいでいます。流れはほとんどないように見えました。

 木々が逆さになってきれいに映っている部分があって、その絵を繊細にくずしながら水とからみあい、泳いでいました。私は自分が誰なのか、どこにいるのかも分からなくなったまま、呆然とその光景を目に映していました。

 水にひたった裸の手足はじっさいより白く見え、屈折のせいで形がゆらゆらと曖昧になります。泳ぐ後ろを光の粒が無数に付きしたがっているのも見えました。水面のわずかな波立ちのせいなのでしょう。まるで彼女の体からきらめきがこぼれていっているみたいでした。

 水のなかでうつ伏せていたかと思うと仰向けになり、頭とお尻の向いていた方向もくるりと入れかわります。水中でゆっくりときりもみする。ゆらめく腕が円をえがく。まるで不思議な舞を舞っているみたいに。

 川面かわもから水滴がはね上がるのも見えました。その一粒一粒が見えました。陽光に透け、きらめき、ゆっくり、ゆっくり、水面へと落ちていきます。彼女は水に浮かんだまま首をそらし、空を見上げました。鼻すじも、頬も、かたちのいい顎先も、きらきらと濡れていました。唇が幸せそうに微笑んでいました。

 私は生い茂る夏草のあいだからそんな光景を見ていました。。ですが、いつしか私の目には晴れわたった一面の青さが映っていました。心地よい水の冷たさを全身で感じていました。空を見上げたまま瞼をしぼったりゆるめたりすると、まつ毛にからまった水滴のせいで陽射しが複雑に伸縮し、四方へと激しく飛びちりました。水に浮かんだまま体の向きを変え、太陽をあおぎました。閉じた瞼の裏側が一瞬にして明るいオレンジ色に染まります。目をきつくつむるとオレンジ色が濃い紫色に変わり、ゆるめるとさらに明るい朱色に弾けました。あぁ、と私は恍惚のため息をもらしました。あぁ、と。水のなかにあった左右の手のひらを反射的に腕ごと空へ振り上げました。すると、両腕を上げたかっこうで上を向いている彼女の笑顔が見下ろせました。私はゆっくりと落下していき、彼女の顎先をその正面に見、のどを見、裸の乳房を見、そして水面へと落ちました。私は一粒の水滴になっていました。今は淵に含まれた水の一部でした。川の水が私でした。彼女の全身をやさしく包み込んでいました。

 つぎに気づいたときには水に浮かんだ彼女の姿が米粒ほどに見えていました。私は遥かな高みから淵全体を見下ろしていました。そのまま彼女目がけて降下しました。私は陽光でした。彼女の裸の肩先で幸福に砕けました。

 私は木々になって風をはらみ、花になって咲き、鳥になって宙を舞っていました。翼を持った自らの影がときおり川面に映り、薄くなり、またくっきりと形をとったかと思うと視界から消えていました。つぎには水の冷たさを感じていました。冷たさを感じている私は彼女であり、清らかさを誇らしく思っている川でもありました。花をすることがどれほど深い愛情であるかということも直接的に感じとれました。咲くことによって生きとし生ける同胞どうほうたちを慰め、励ましているのです。いえ、そんな想いすらも超えているのです。なんの見返りも求めず、いつくしみの想いだけが、ただただ無欲に吹きひらいているのです。

 私は空としてそれらすべてを高みからとらえてもいました。私は彼女もしていましたから彼女の心のなかもよく分かりました。停まっている私の自転車を見ながらそこを通り過ぎるときの彼女の心のいたみも感じ取れました。彼女は私のことを嫌っていたというよりも、一人っきりになることを、そのときの私以上に強く求めていたのです。肉体のことも精神のことも忘れ去る時間が私以上に必要だったのです。肉体でも精神でもないものになる時間が必要だった。彼女の感じていた幸福感とは、本質的なものとひとつであることを思い出す幸福感だったのでしょう。そうなのです。一人っきりになるつもりが、結果的に彼女は、すべてとひとつにつながっていることを思い出してしまったのです。いえ、すべてとひとつというよりも、ひとつのものがすべてをしていたということをです。彼女自身、その体験の意味するところを十全に理解しているわけではないことも感じ取れました。ただ、そこから込み上げてくる絶対的な安らぎを彼女は何度も何度も味わいたかった。そのなかに在り、そのもので在りたかった。そのためには── 矛盾するようですが── 物理的に一人っきりになることがどうしても必要だったのです。私がそばにいて、私と会話をしながらでは、どうしても駄目だったのです。

 私たちより遥かに偉大である存在は、私たちより遥かに偉大であると同時に、私たちと根源的には同じものであるという絶対的な安らぎを彼女は感じたかったのでしょう。ひとつの存在が、私、として掛けがえのない私をしているのだということも直覚的に感じ取れました。たったひとつの存在が、いまこの瞬間、私、として現れ、彼女、としても現れているということがです。私もあなたも彼も彼女も究極的にはそんな区別などないのだということが意識のなかで眩しく照り渡りました。本来ひとつでしかない存在、が、無数の私たち、になることによってそのすべての感情を経験するのでしょう。私たちが日々心に感じる喜びも哀しみも傷みもです。そのすべての一瞬一瞬を、です。そうすることによって、始まりも終わりもない、始まりが終わりで終わりが始まりであるかのような、無限の成長・成熟、拡大の途方もない物語が、次元を超えて繰りひろげられているようなのです。

 

 私、に意識が帰ったとき、自転車にまたがっていました。ペダルを漕がないまま、車道を下っていました。左側に樹木の繁りがあり、右側は谷でした。色を薄めた山々が遠くに連なっていました。視線を上げると、夕映えの空がひろがっていました。ついさっきまで私自身でもあった、すべてを見守る空、です。

 

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 「YES」⑧ 完結へ つづく

 

 

 

 




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