書き下ろし小説「海を見上げる、その暗く温かな場所で」noteで公開

 

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 小説「1パーセントの深い哀しみ」の続編、「海を見上げる、その暗く温かな場所で」を note で公開いたしました。定価は200円です。

 

 

「1パーセントの深い哀しみ」に続く編ではあるのですが、こちらを先にお読みいただいても問題ありません。「海を見上げる、その暗く温かな場所で」のほうが読みやすいかと思いますので、気に入っていただけましたら「1パーセント〜」という形が、むしろ良いかもしれません。

 もちろん「1パーセントの深い哀しみ」から順に読んでいただいても嬉しいです。すみません、ややこしいことを言って。

 

 

 僕はスタイリッシュな小説にも、〝現代日本の暗部を見事に描き切った〟とコピーが付くようなタイプの作品にもあまり興味がないようです。

 それよりも、どこか懐かしいような、寓話のようでもあり、幻想的で、わけのわからないどこかへ連れ去ってくれる物語が好みです。ダークな要素があっても、底辺には清らかなものが流れていてくれれば、なおいいですね。

 

 

 

 プリントアウトし、手に取ってもらえたら嬉しいです。

 ある程度長さのあるものをディスプレイで読むのってしんどいですものね。

 そうでもないのかなぁ? 僕が古いだけかもしれません。

 

 

 

海を見上げる、その暗く温かな場所で」の冒頭部分です。

 note でその先もまだ無料でお読みいただけます。 

   
 今日も「Blue あなたとわたしの本」へ来てくださったこと、とても嬉しいです。ありがとうございます。

 

 

 

 

 海を見上げる、その暗く温かな場所で 

 

 

  待合室。列車に乗る客は男のほかにはいなかった。
 つぎの列車が到着するのは朝になってかららしい。切符売り場のなかに駅員が一人座っていて、この年配の職員から男は聞いたのだ。列車が来るのは朝になってからなのだ、と。
 待合室は天井が高く、どこか木造校舎を思わせた。客の男は茶色いコートを着、背なかを丸めてベンチに腰かけている。髪が全体的に伸びすぎている印象を受ける。整った顔立ちだが頬が削げていて、目の表情には陰があった。くたびれたチノパンツにつつまれた長い足。わきにはスーツケースがひとつ置かれていた。朝までこの待合室で過ごそうか、それともいちど町に出てみようかと男は考えた。ここまで乗ってきた列車から下り、薄暗い連絡通路を歩き、懐かしいようなこの待合室にさっき着いたのだ。
 男は壁の時計を見た。0時を少し過ぎたところだった。朝の列車に乗る以外、予定は何もない。会うべき人もいない。まったくの自由な時間だった。わずかに心が浮き立ってくるのを男は感じた。闇がゆっくりと明るんでいくような、それは幸福感に近いものだった。だが、いろいろなことを断片的に思い出すと闇がまた濃くなり、その目は空洞にも似た陰を帯びてくる。記憶と記憶がうまくつながらないまどろこしさも覚える。こめかみの奥が痛んだ。まるでどこかに打ち付けたかのように。
 男はベンチを立ち、駅員のいる切符売り場のほうへ近づいていった。あらためてよく見ると、駅員は本当に歳をとっていた。三十五才になる男の倍以上の年齢に思えた。老醜のようなものは感じない。まっ白な髪に櫛のすじがきれいに入っている。表情も柔和で、優しげだった。男と目が合うと老齢の職員は微笑んだ。何も心配することはないのですよ、とでも言うように。
「スーツケースを預けることは可能ですか?」、茶色いコートの男は尋ねた。「町を少し歩いてみようかと思いまして」
 預からせていただきますと駅員は答えた。目尻のしわが深くなる。コートの男も薄く笑みを返した。 
「カバンの中身はなんですか」、駅員は立ち上がり、スーツケースを切符売り場の奥へと入れた。
 男は、老人の横顔を見た。スーツケースの中身を問われるとは思わなかったのだ。
 そういうものなのかもしれない。頭がやはりぼうっとする。こめかみの奥が痛んだ。老人はまた椅子に座りなおし、柔和な微笑みを男に向けた。
 男は答える。「スケッチブックや、エンピツ、── そういったものです」
「絵をお描きになる?」
 そうです、と笑みをつくった。そして首をふった。「油絵画家です。売れませんがね。どんどん売れなくなる」
 本当のことだった。風景をワイエス風のリアリズムで描いていたころは、それなりの需要はあったが── 。
「作風が変わってこられた?」
 老人は興味深げな表情になった。本当に聞きたいのか、社交辞令として聞いているのか、どちらともつかなかった。いやな感じは受けなかった。自分の作品について話せる誘惑に、男は勝てなかった。創作家とは弱い生き物だな、と胸のうちで苦笑する。
「変わってきました」、男は答えた。「ずいぶんと変わってきました。すでに、絵画ですらなくなってしまったかもしれません」
 ほう、と老人はわずかに身を乗り出しさえした。
 男は気を良くし、つづけた。「キャンバスに言葉も書くようになったんです。自分で考えた言葉です。絵の具で描く、ナイフで削って下地を見せ、その削りあとが言葉になっていたりとか── いろいろ試しています」
「どういった言葉です?」
 そうですね、と男は眉根をよせ、斜め上を見た。天井いっぱいに、車輪の絵が描かれていることにそのとき気づいた。機関車にでも付けるような、鉄でできた黒い車輪だった。「── 格言、と言ってしまうと大げさなんですが── 僕の心のなかから出てきた想いです。それを言葉にして、書く。描くんです。もともと言葉が好きだったんです。絵も好きだし、言葉も好きだった」
「売れませんか?」
「売れませんね」と男は笑った。老人の愚直な物言いが可笑しかった。「作品のコレクターの方はいてくださいます。ファンのような方や。作品集も小さな出版社から出しています。でも生活は苦しい。妻も、小学四年になる娘もいますから。もっとなんとかしたいのですが── 美術関係者や、百貨店の人間なんかと付き合うのも得意じゃなくて── 」
 老人は、作品をぜひ見たいと言った。男はいちど仕舞ったスーツケースを奥から出してもらい、二冊ある作品集を手渡した。初期の風景画。近年の、言葉も描く路線── 。老人は眼鏡をかけ、一作一作、見ていった。黙ったまま、ゆっくりとページをくっていく。レンズの奥の目つきまで鋭くなった。男は落ち着かない気持ちになり、壁や、天井の車輪の絵、出口のガラス扉のほうへと視線を逃した。ガラス越しに夜が見えた。壁の時計の針が、〇時三十分を指した。
 老人は本から顔を上げ、両手を使ってゆっくりと眼鏡をはずす。満足げな笑みを男に向けた。「あなたは、素晴らしい才能をお持ちだ」
「才能は無くはないと思います」、男は目を伏せ、自嘲気味に微笑んだ。力なく顔を上げる。「ですが── 無くはない、程度の才能があっても、哀しいだけなんです。圧倒的じゃないと。でも圧倒的な才能を持った人間など、いつの時代だってごくわずかです。あとはたくさんの、無くはない、程度の才能を持った、哀しい人間がいるだけです。たくさんの、哀しい人間がいるだけなんですよ」
 しゃべりすぎているな、と男は意識した。しゃべりすぎると、たいていそのあと自分で自分が嫌になってくる。本をスーツケースに戻した。貧相な表紙だな、と思った。〈幸野清孝〉の文字が映った。コウノキヨタカ、哀しみの作品集だ── 。
「町を歩いてきます」、幸野は言った。一人になりたかった。心のうちで苦笑する。俺はたいてい一人っきりになりたいんだな。
 足早に出口のガラス扉のほうへと進んだ。肩越しに振り返った。「スーツケース、よろしくお願いします」
「ごゆっくり── 」
 幸野はガラス扉を引き、外へと出た。風を受けてコートの裾がひるがえる。後ろ髪がなびいた。幸野の姿が夜に溶け、扉がゆっくりと戻り、閉った。
 待合室にひとり残された老人は、顔にまだ笑みをとどめたまま、ガラス扉のほうを向き、おだやかな声でつづけた。
「この世界は幸野さん。たったひとつの言葉しか話さないのです。ええ、何を語りかけたとしても── 『仰せのとおりに』と。その言葉だけを。何を語りかけたとしても。鏡の反射のように。そう、世界はただ── 『仰せのとおりに』とね」

 

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「1パーセントの深い哀しみ」ユーザーレビュー集

 

 

 

note でつづきをまだ無料でお読みいただけます。

 

 

 

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