エッセイ Blue 20
── まぁ、タイトル通りなんですけどね。
掛け布団を、放り投げたことじゃないですよ。掛け布団に、ですよ。
掛け布団の上を歩いていて、その掛け布団に放り投げられたことってないですか?
僕は 年、2、3回あるんですよ。
厳密に言えば、「ビターン!!」って畳に叩きつけられることが 年2、3回あって、放り投げられるのは── そうだなぁ── 年、1回、 ── あるかないかかなぁ。
その違いも、おいおいご理解いただけると思います。
まぁ、掛け布団の上を歩くこと自体、問題なんですけどね。横になりたいときに横になりたいタイプなんで、つい敷きっぱなしにしちゃうんですよ。
けっこう頻繁に干しはしますよ。お日様の匂いのする ふくらんだお布団に潜り込むのって最高じゃないですか? お日様の匂いのする ふくらんだお布団に潜り込むために生きてるんじゃないかって思うくらいです。
バッ、と無意識に掛け布団の上を歩いたときにですね、キュッ、と噛みつかれるというのか── 巻きつかれるというのか── あれって、なんで歩いただけで巻きつくんです?
一度、部屋の隅にビデオカメラを設置しようかと本気で考えましたよ。どういう現象が起こっているのか確かめるために。
まぁ、とにかく── 巻きつかれるんです。
もちろん倒されるまえに足首を振りますよ。ぶんぶんぶん、と。それでも取れない。むやみやたらと巻きついてます。
もうこの時点でですね、受け身の方向へ頭を切り替えるんですよ。
ここで焦って膝をついたり、手をついたりするから骨折するんです。
100パーセント、受け身に集中します。
両膝をピンと伸ばしてですね、意図的に棒のようになってください。両の手のひらは顔の前でしっかりと〝ハの字〟を作ります。叩きつけられる瞬間に備えるわけです。
僕は1秒を24コマくらいに分割して感じることができる 8ミリフィルムみたいな男なんです。だから1、2秒もあれば、余裕。「いつでも叩きつけてください」といった感じです。
足首を固定され、体は棒状にしていますから、グイーン、といった感じで、徐々に畳が接近してきます。
グイーン、ときて、ビターン!! と叩きつけられる。
両の手のひらで〝ハの字〟。顔なんてクールな角度で横を向いてます。怪我ひとつしません。したこともありません。これからもすることはないでしょう。
ただね── 年に1回、あるかないかなんですけどね、
グイーン、の最後のほうでですね、
ふうわっ、と
離しよることがあるんですよ、掛け布団が、足首を。
最後のほうっていっても本当に0コンマ数秒ってところでですよ。1秒あったらなんとでも対処できる僕なんですけど、さすがに0コンマ、の世界になってくると計算しきれないですよ。
んごろんごろごろー
と2、3メートル放り投げられます。
これが〝掛け布団に放り投げられる〟という現象です。
どういう力学が働いてあそこまで放り投げられるのかさっぱりわかりません。
まえの家でもあったんです、引越しするまえ。
玄関の引き戸が あいて、声がしたんで「はーい」って出ようとして掛け布団の上を走ってしまい、巻きつかれる、アンド、離される をされて、
んごろんごろごろー
回覧板を持ってきてくれた隣のおばあさんの足元まで吹っ飛んで「ひゃああー!!」って 飛び上がらせてしまったんです。
そりゃ、驚かれたと思いますよ。大の大人が家の奥から転がりながら現れたわけですから。
ここで正直にですね、「いやぁ、すみませんね、掛け布団に 巻きつかれる、アンド、離される を食らわされて、このザマですよ」なんてわけのわからないことを言ったら町内の人の僕を見る目がますます怪しくなるじゃないですか? だからにっこりと微笑んで、
「ビックリしたぁ?」
って言ったんですけど、これがかえってマズかったみたいで、翌日から町内の人の僕を見る目が妖怪を見る目に変わりました。
おばあさんが尾ひれをつけて言いふらしたんでしょうけど、尾ひれをつけなくても充分 怪奇漫画みたいな話なんで── これには参りましたねぇ。それで引っ越すことになったようなものですよ。今でも上京区では都市伝説みたいになってるんじゃないかなぁ。
巻きつかれる、アンド、離される、じゃなく、〝巻きつかれたまま〟でいちばん怖かったのはですね、僕が横浜に住んでいたころですよ。
壁にポスターを貼ろうとしてたんです。ベッドの上に登って。そう、このときはベッドでした。部屋もカッコつけてフローリング。
ポスターを仮止めした人間の誰しもがするようにですね、僕も少し遠くから眺め、まっすぐに貼れているか確認しようとしたんです。
壁の方を向いていた体をくるりと方向転換しました。
あっ、と思ったときにはもう噛みつかれていました。
どうすることもできない巻きつきっぷりです。
僕は はやばや とあきらめてですね、いつものように膝を伸ばしきり、棒状となり、手のひらでしっかりと〝ハの字〟も作り、あらがうことなく前方へ倒れていきました。
通常と違ったのは、そこがベッドの上 だったということです。
高さはせいぜい30センチ。でもその30センチでですね、グイーン、の時間が長い長い。いわゆる、〝なだれ式〟というやつですよ、〝雪崩式のビターン〟。
ただでさえ僕は1秒を24コマに分割できるじゃないですか? 「なげぇなぁ」てなもんですよ。なかなか床に叩きつけられない。
でも実際はですね、その長い グイーン、のあいだにですね、遠心力と呼ばれるものが加わっていってるわけですよ、
グイィ──────ン
ビッタ── ン!!
怪我はないですよ。怪我はないですけど、ひかえめに言って、かなりの衝撃でした。エビ反りましたもの。カッコつけてフローリングだし。受け身の天才と呼ばれる僕じゃなかったら死んでてもおかしくないでしょう、まじめな話。
両手の〝ハの字〟もそのままで、床の冷たさを手のひらに感じながら、当てつけのように倒れたままになっていました。しばらくして、意識的に、ゆっくりと上体を起こし、掛け布団のほうへ、これも ゆっくりと振り向き、
「おまえ、ええかげんにせえよ」
とドスをきかせました。あんなことをされたらですね、どこの国の聖者でも「おまえ、ええかげんにせえよ」とドスをきかせたと思いますよ、関西弁で。
あのときは怒りを通り越して、哀しかったですよ。なんで夜をともにする あいだがらの掛け布団にですよ、雪崩れ式で床に叩きつけられなアカンのですか? なにを信じていいのかわからなくなりましたよ、しばらくは、ほんっと 哀しかったなぁ。
── いまですね、次の『エッセイ Blue』でこのことを書こうと思って頭のなかで草稿を作ってたんですけどね、むちゃくちゃマニアックな話になりそうな気がしてきましたよ。── わかってもらえるのかなぁ。こんな目にあったことがある人って、タンスのカドに足の小指をぶつけて飛び上がっことがある人と同じくらいの比率、いるんだろうか? いなかったらわけのわからないエピソードじゃないですか? なんだか、マイノリティーの極みみたいな話にも思えてきたな───
── まっ、いいかぁ。
とりあえず文章化してみて、読んでいただこう。
タイトルもシンプルなのがいいな。「あなたは」っていう主語も はぶいて問題ないから、取って、と── 。
うん、これでいこう。
みなさんに聞いてみるべ!
掛け布団に放り投げられたことってないですか?