空手と鼻血と女子高生

エッセイ Blue 11

 

 

 高校生のとき、いっとき空手を習っていたのです。

 友だちが誘ってくれたので。「智(とも)は手足がひょろ長いから空手、向いてるよ。一緒にやろうぜ」と。たしかに僕は手足はひょろ長いんです。それで、「そうか、向いてるのか」と思い、習ってみることにしたのです。

 あるていど日がたつと、「組み手」っていうのをやらされるんですよ。つまり、道場での練習試合ですね。門下生みんなが見てる前で。

 相手が先輩だと、立場上、絶対に負けられないじゃないですか? その先輩が。

 そういうとき僕が考えるのは「いかにリアルファイトに見えるように負けてあげるか」ということなんです。その考えからしてもうアカンじゃないですか? まぁ本気でやっても勝てないんでしょうけど、まずそんなことを考えてしまうのです。負けたあとも、「ちくしょう、歯が立たねえや」みたいな悔しそうな顔もちゃんと作るという。

 相手が後輩だと、勝ってもいいわけですよね? そういうときでも、「人がせっかく見ているわけだから、面白い試合をして感動的に勝たなきゃなぁ」とか考えてしまうんです。一方的に勝っても見てる人は退屈だしなぁ。まず最初は僕がやられていて、そのあと逆転するのがベストっしょ、みたいな。

 でも逆転するはずがですね、最初わざとやられているうちに実際にやられてきて、最後までやられたままで試合が終わる、ということもあるわけですよ。ちょっと待て、と。おまえ、先輩になに必死で勝とうとしてるねん。立場をよく考えろ、と。試合を〝盛り上げる〟という気持ちもないんか、と。技を受ける、という〝受けの美学〟みたいなものを持ち合わせてないんか、と。なによけてんねん、みたいな。

 それで、「あぁ自分には格闘技は向いてないなぁ」と、一年ぐらいやってやっと悟ったんですけどね。もっと はよ 気づけよ、みたいな。

 

 まぁ、そんなわけで、空手を習ってる期間があったのです。

 高校にはバスで通っていました。

 空手の防御に、「正面受け」っていうのがあるんですけどね、ひじを曲げた右腕、左腕を、内側から外へ、バッ、バッ、と回して相手の突きを外へ はじく、というものなんです。

 僕はどういうわけか、この「正面受け」が好きで、バスを待ってるあいだ、よく練習していました。腕を内側から外へ、内側から外へ、バッ、バッと回して。

 そうしたらですね── 何がどうなったのかよくわからないんですけど── 回したコブシが自分の鼻っ柱を思いっきり殴りよったんですよ。ありえないでしょう? ありえないけど起こったんです。

「いってぇ〜!」と思いましたよ。目から火が出るってやつですよ。

 ちょうど乗るバスが来て、扉が開いたんです。乗らないわけにはいかないですよ。乗りましたよ。

 二人掛けの窓ぎわのほうに座ったんです。鼻がジンジンしてましたけど、まぁ、大丈夫かぁ、と。

 ひとつめのバス停に到着しました。

 となりの席にどなたかが座ったんです。いい匂いがしましたよ。顔を向け、見ると、白いカッターシャツを着た女子高生でした。あー女学生が座ったんだなぁ、

 と、思うか思わないかのうちに、

 ブゥー!! 

 鼻血が噴き出した、

 本当に ブゥー!! っとです、

 女子高生を至近距離から見たからじゃなくて さっき自分の鼻を殴ったのが今になってきいてきたんでしょう、

 女学生が視界いっぱいに入ったのが何がしかの発火点となって鼻血へと繋がったのか、そこまではわかりませんよ十代の男の子ですから、肉体的に何が起こるかわかったもんじゃないですよ十代の男の子ですから、「絶対に関係ありません!」とは言い切れませんよ、そりゃ、── でも常識的に考えたら9割5分、バス待ちのときの打撃によるものでしょう?

 とにかく、ものの見事に女学生の白いカッターシャツと言うのかブラウスと言うのかが深紅に染まりました。花びらが5つも6つも咲いていました。

 もちろん僕はパニックになりましたよ。頭のなかは真っ白ですよ。白いカッターシャツは真っ赤ですよ。

 あやまらなきゃ、な、なんか言わなきゃ、へ、変態でもないことを、つ、伝えなきゃ、

「あぁこの男の人はバス待ちのあいだに空手の『正面受け』を練習されてて誤って自らのコブシで鼻っ柱を殴ってしまってそのダメージが今になってやってきて鼻血を噴かれたのだわ」なんて思ってくれるわけないじゃないですか!! 

 なんだか意識が遠くなってきて、前のめりに倒れそうになったんですけど、ここで前のめりに倒れて乳房でもわしづかみにしてしまったらもう言いわけも何もないじゃないですか!? お縄、じゃないですか! 

 なんとか気をしっかり持とうとしたんですけど、人間、パニックになるとなに言い出すかわからないですよ、実際、

 あやまるつもりが口から出た言葉は、

もう

 だったんです、小声で。

「もう」じゃねーよ!! 女学生が「もう!」だよ!!

 そこから先は言葉も出なくて、頭はキーン、って鳴ってて、

 そしたら女学生の両の目に涙が ぷっくう、って膨らんできて、つぅー、って頰を流れて、次のバス停で だだだだだだ! って駆け降りて行ったんです。

 そんなところに高校がないことだけは断言できます。

 ── 死のう、と思いました。

 ティッシュを鼻の穴に詰めてとりあえず止血はしたんですけど、鴨川が見えてきたらそこで降りて、入水しようと心を決めました。

 でも、ご存知かもしれませんが、鴨川って通常、たいして水かさがないんですよ。

 細長い体をどう折りたたんで死に到ればいいかを必死で思い巡らせているうちに、酸欠みたいになってきて、クラクラしてきて、鴨川も過ぎ、学校の近くまでバスが来てしまっていたんです。

 毎日の習慣とは恐ろしいもので、通路側へ無意識に移動していました。

 すると、ねずみ色の背広を着た小柄なおじさん(グレーのスーツというよりもねずみ色の背広といった感じでした)が、「ちょいとごめんよ」と言いながら、僕のひょろ長い足をまたいで窓ぎわへ行こうとしたんですが案の定 またぎきれず、「おおっと」って言ってこっちへ倒れてきて、ねずみ色の背なかで僕の顔面を押しつぶし、せっかく止まっていた鼻血がまた ブゥー !! っとティッシュを吹き飛ばして噴き出したという─── 

 

 

 ───まぁ、

 そういう青春の1ページです。

 

 

 女生徒さん、

 あのときの女生徒さん、

 いま、もし、

 このブログをお読みでしたら、

 本当に本当に

 ごめんなさい!! 

 って、

 

 

 

  読んでねーよ!! 😂

 

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