エッセイBlue 10
冬が来る。寒い寒い冬が来る。
そもそも僕は 人が驚くほどの寒がりで、夏でもインド綿の首巻きをカバンにしのばせている。長袖のボタンダウンシャツと、薄手のパーカも。
喫茶店やショッピングモールに入ると、たいていクーラーがききすぎているからだ。シャツをはおるだけで済むこともあるし、その上からパーカを着ることもある。首巻きまでカバンの奥から引っぱり出してくることもある。
今年の夏も、初めて入った喫茶店が異常なほど冷えていた。そういうアトラクションかと疑いたくなるほど凍えきっていた。「いらっしゃいませー!」の声も浴びてしまったし、ほほ笑みを浮かべながら席にも着いてしまったから、出て行くに出て行けない。注文したホットコーヒーが体を温めてくれることを祈った。
カバンからボタンダウンシャツを取り出す。そんなもので太刀打ちできるクーラーのききではない。パーカもはおってジッパーを首まで上げる。マフラーもカバンの奥から引っぱり出す。二重三重にぐるぐると巻く。それでやっと、人心地がついた。店内を見わたした。
斜め前の席に、二十代後半ぐらいの女性が一人でいた。ノースリーブのシャツに短いスカートをはき、アイスコーヒーのストローをくわえ、下敷きをうちわ代わりにして顔をあおいでいる。ひたいは汗で光り、眉間には苦しげなシワが寄っている。同じ人間とは思えなかった。
僕があまりにも見すぎたのだろう。女性と目が合ってしまった。
長袖のTシャツの上からボタンダウンシャツをはおり、パーカも着こみ、さらにはインド綿の首巻きでぐるぐる巻きになった僕の姿を認め、女性の手にある下敷きの速度が 明らかに上がった。ギュンキュンギュンキュン、と音が聞こえた。かなり硬さのある下敷きであることがその音で知れた。
店内の温度がにわかに上昇したように感じられるほど暑苦しかったのだろう。── 悪いことをした。
冬が来る。寒い寒い冬が来る。
京都の冬など、それこそこの世で一番寒いのではないかと錯覚しそうになるくらい寒いのだ。
冬が来る。寒い寒い冬が── 。
あぁ。