ときに巨大な憂鬱が僕たちを飲み込もうとするけれど──

Blue あなたとわたしの本 130

 

 

 ときに巨大な憂鬱が押し寄せてきて、

 あなたを飲み込もうとするけれど、それは

 あなただけじゃないんだよ。

 

 僕ももちろんだし、

 ほとんど全ての人が襲われるんだ。

 

 全生類的な

 記憶のようなものも

 影響しているような気がしないでもないんだけど、

 そんなメカニズムを解き明かすことが

 僕たちの仕事じゃないし、

 第一、不可能だよ。

 

 僕たちが忘れてはならないのは、

 そういった憂鬱の大波に、

 無意識に飲み込まれないということだ。

 

 これは誰にだって来るのだ、

 ということを

 自覚することだ。

「支配されない」と

 決めることだ。

 決めてしまうことだ。

 

 明るさであったり、

 清らかさであったり、

 やわらかなものを、

 自らが選択するんだ。

 硬直したものではなく。

 

 そんなことが可能なのかと

 あなたは問うかもしれない。

 

 可能なんだよ。

 

 可能なのかと

〝問うた時点〟で、

 もう可能になったんだ。

 だってそれまでは、

 なすすべもなく

 飲み込まれていたわけでしょ?

 どうすることもできないと思っていたわけでしょう?

 

 だから、

 まず、

 

 憂鬱の大波に

 支配されないと決めること。

 憂鬱の大波は

 誰にでも押し寄せているのだということを思い出すこと。

 そのつど

 思い出すこと。

 

 無意識のまま、憂鬱の波に飲み込まれないということ。

 誰にでもこの巨大な憂鬱が押し寄せているということを

 そのつど、

 ぜひ、

 思い出してほしい。

 

 これだけで全然ちがうんだよ。

 

 そして、

 僕たちが得たい感情をえらぼう。

 その力が僕たちにはあるんだから。

 

 僕たちって、そんなに弱いものじゃないんだよ。

 

 今日出逢うその人を、

 生きているものすべてを、

 死んでいるものすべてを、

 これから生まれくるものを、

 これから死にゆくものを、 

 目に映る、

 心に映る、

 すべてのものを

 慈しみ、

 敬愛しよう。

 ──出来る範囲でいいから。

 

 その出逢いは、

 きっと、

 あなたがあなたと出逢うということ。

 僕が僕と出逢うということ。

 あなたと僕が出逢うということ。

 右手と左手が出逢うということ。

 脳と心臓が出逢うということ。

 やさしさとやさしさが、

 幸せを感じたいと幸せを感じたいが、

 生きたいと生きたいが、

 奇跡と奇跡が、

 出逢うということ。

 

 そして、

 あたりまえとあたりまえが、

 出逢うということでもあるんだよ。

 

 全てのすべてがあたりまえに平安であるように──

 

 そのためには、

 巨大な憂鬱が押し寄せてきたとき、

 この波は誰をも襲っているのだということを思い出すこと。

 

 そしてそれに飲み込まれない

 強さが

 僕たちにはあることを思い出そう。

 闇ではなく、

 光を選びとる強さも──。

 

 あなたが光であることを思い出すこと。

 忘れないこと。

 

 全ての全てのすべてが、

 ただただ当たりまえに 優しく清らかに平安 であるためには、

 あなたが光であることを思い出すこと。

 あなたが光であることを忘れないこと。

 

 実は

 その一点にかかっているような気がするんだ。

 ささやかにも見えるその一点に、

 ただただその一点に、

 実は、

 

 かかっているような気がするんだよ。

 

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